『刹那、バースデイ』アトガキ

このヨシ芳SSは、2.29御誕生日である某フォロワー様に差し上げたSSになります。
数か月前から構想を練っていた話なので、無事差し上げることが出来て、本当に
良かったです。

ヨシ芳と神芳は私的に書くのが難しいです。
特にヨシ芳は心情が難しい。正反対だからこそ惹かれ、また反発するんだろうなぁとか
色々考えてました。

余談ですが、今回のSS本で1番完成までに時間がかかったのが、
ヨシ芳SSでした。
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近況報告、SS進捗具合等

御久し振りです!2017年最初の更新が3.9となってしまいました。
忘れた頃にやってくる黒絵です←

ここ毎日イベント用の原稿を書きTづける日々&日々&日々という…(笑)
1回全てを見返し、誤字&脱字チェックをしても、もう1回見直すと
誤字&脱字を見つけの無限ループ……(どれだけ私は誤字脱字マンなんだ……)

すべての原稿が終わった!!!と思った矢先の朝5時に、新しい話を思いつき
プロットを書いていたら眠れなくなったり……(汗)
新しい話もこれまた知人様に送り、ただいま感想を待っている状態なので、
物凄く緊張しています(笑)

追加される話は芳野さんと石田君の話(この話はどちらかというと雨芳かな)
『透明な雨音』(とうめいなあまおと)です


自分は男性キャラ目線の方がSSが書きやすい気がするのですが、
どうしても芳野さん目線がおおくなりがちです(笑)

まだすべてが終わっていないのに、昨日は次回作のSSを書いたり、表紙ラフ案を
描いておりました(笑)次回作は狩矢様にスポットが当たった話が多くなると思います。

イベントまで頑張ります!

『刹那バースデイ』

桜の様に舞う粉雪が、外を銀世界に変えて行く。絶えず舞う白を見て、"あの日"を思い出す。
永遠を生きるアタシ達にとって、月日なんてどうでも良い事なのに。



『刹那、バースデイ』



紅茶色の暖炉、黒のテーブルとソファ、銀のパイプベッド。
必要最小限の物しか無い、色の無い殺風景な部屋。
普段は何がしかの声が聴こえるこの部屋も、
今夜だけは珍しく静寂に包まれていた。



藍色の長髪を持つ彼女は窓際に立ち、降り続く白をただ黙って見つめている。
翡翠色の美しい瞳は、白銀に色を塗り替えられた。

紅栗色の髪を持つ彼女はソファに座り、肩迄ある美しい髪に手櫛を入れながら、
ずっと藍色を観つめている。菫色の優しげな眼差しに、藍色の影が落ち、グラデーションがかかる。





『ゴーン…….、ゴーン……、ゴーン……』

古時計の鐘が鳴ると同時に、紅栗色は咲いながら言った。



「おめでとう」

「……何が……?」



言葉の意味が分からず、怪訝な顔をしているヨシを観て、芳野は更にクスクスと咲う。

紅い暖炉の火は、音を立て踊りながら、目の前の2人を観て口角を上げる。芳野はカレンダーを指差し、語る。



「2月28日、御誕生日。正確には2月29日、閏年だけどね」



彼女が何を言いたいのか、サッパリ分からない。
バウントには皆(みな)、"誕生日"等と言う言う"洒落た物"は無い。
"無い"というより、"知らなかった"という言い方の方が、半分正しいのかも知れない。
物心ついた時から、両親に気味悪がられ、出生について語られず、愛情なんて受けられ無かったんだから。

ーー其れに。不老不死のバウントにとって、自身の年齢、月日の流れ等、あって無い様な物なのだ。



『ガタタッ』雪風に、窓が揺れる。粉雪が、少しずつ乱暴になって行く。
変わり行く景色を眺めながら、ヨシは両眼を伏せ、ハァと溜息をついた。



「物心つく前に親に棄てられたんだ。

……今日よりもっと寒い、吹雪の日にね。

そんなアタシに誕生日なんて、気の利いたモンは無いよ。
ーー第一……。何で今日なんだよ?其れも、正確には2月29日って。
明日は3月だろ?何寝ボケた事言ってんだ」



いつも以上に眉間に皺を寄せ、不機嫌になる藍色に、紅栗色はそっと腰を上げ、向かう。

カツカツと、軽やかなヒール音が響く。



「ーー1年前の2月29日ね。私と貴女が、初めて心が通えた日なの。
今日よりうんと寒い、大雪の日だったわ……。
暗くて、とても静かな夜だったけど、凄く……暖かかったの。覚えてる?」



彼女は女性らしくしなやか指で、結露した窓に日付を刻む。色白の指先は悴(かじか)み、薄紅色に変わる。

「ーーシー……」悴んだ人差し指を、艶っぽい唇の上に充て、妖艶に咲う。
いつもの紅い口紅に、特別に差されたグロス。
その肉感的な唇は、何とも艶やかで。
ーーそう、息を潜めて、内緒話。だってアタシ達は、"共有"したからって。
菫に紅が反射した瞳が、アタシを離さない。その観詰めは、"あの夜"と全く同じ。

狡いだろ、そんなの、狡いよーー……。



ーー熱くて、甘かったな。



「……さぁ……?」



藍色は口角を上げ、また白銀に目を向ける。紅栗色は、美しく長い藍にそっと手櫛をかけ、
微熱を持つ頰に触れた。サラサラと流れ行く藍からは、紅栗と同じ、甘い百合の香り。



「……4年に1回しか無い、特別な日に触れ合えたの。ーーとっても素敵だと思わない?」

「…………」



多分彼女は、アタシが1番大好きな表情をしているのだろう。
菫色を少し伏せ、そこに紅を反射させ、穏やかに咲い、ほんの少しだけ口を開ける。
本当は今すぐにでも観たいけど、その表情は観たくても観れなかった。
観てしまったら、何もかもが込み上げて来てしまうから。



永遠を生きるバウントにとって、月日なんてどうでも良い事なのに。
彼女だけは人間の様に、その"どうでも良い事"を大切にしたがる。
閏年の事も昔、彼女から聞いた事があったが、
時が少しだけズレたからと言って、アタシ達の時計は最初から狂っているから。
「狂ってるアタシ達にとっては、一生関係無い事さ。心底下らない」と吐き捨てた。



その時の彼女は、少し寂しそうに笑い、「……そうよね」とだけ呟いた。
もう何年も前の出来事であるが、未だにあの笑みは思い出す。
色気の無いこの部屋に、桜色のカレンダーや、紅茶色の古時計を飾ったのは、彼女だった。
……何も、頼んでなんかいないのに。



永遠を生きるバウントに、誕生日、か。



窓に書かれた日付はもう消えていた。なんて儚いんだろう。
『キュッ、キュッ』2.29、筋肉質でしなやかな指で、日付を描(えが)く。

頰に添えられた手に、ゆっくりと力が加わる。翡翠と菫が交わった。



「"おめでとう"って言葉は、何かを成し遂げないと言って貰えないじゃない?
1年に1度、無事歳を重ねられた。……貴女が生きている限り、私は2月29日に"おめでとう"って、愛を囁くわ」



いつもより、より一層妖艶な、彼女の匂いがする。
フワフワと、百合とバニラと彼女自身が混ざった、アタシが大好きな匂い。
「…………」綻びそうになる口元を、キュッと噛み締める。
トクトクと、鼓動が跳ねる。熱い……。



「……あっそ」目を逸らし、ぶっきらぼうに答える藍色。
紅栗色はその様子にクスクスと笑いながら、ベッド付近にある戸棚に向かう。
戸棚の奥には、深紅の薔薇の花束があった。
その花束の中には、純白の封筒が入っている。
深い紅に穢れの無い白が、何とも映える。そんなの、いつ隠したんだよ……。
彼女が近付くに連れ、薔薇の香りが深くなる。



「ーー何……?」

「御誕生日プレゼント。私から、貴女への、ね」

「……花と手紙、ねぇ……」



古風と言うか、何と言うか。飾らない所もまた、彼女らしいか。
花束には、藍色のサテンリボン。……充分に足りている。でももう少しだけ、欲しい。

ーーだって今日は、誕生日だからーー……。



「ーーコレだけ?」

・・・・

「ーーコレと、もう1つ」



涼やかに咲うヨシに、芳野はそっと抱き着き、唇を重ねる。桜色の唇は、艶っぽい紅に変わる。深くて甘くて、熱かった……ーー。





「……出逢ってくれて、ありがとう」











はぐれもの、アトガキ。

真樹ちゃんと芳野さんって通じる所あるよなぁ
という考えから書き始めたSSです。
芳野さん総受け本の中のうちの一編です。(恋愛じゃないけど!!!!!)

本編で真樹ちゃんと芳野さんは会話していないですし、
真樹ちゃんの言葉遣いのむずかしさに頭悩ませながら書いていました。
雨と黒猫とバウントは相性がよすぎてつい書いちゃいます、うん。

個人的に真樹ちゃんは書くのが難しいなぁと思いました。
真面目で口数少なく、感情をあまり表に出さないキャラクターなので・・・。
個人的に表現しやすい?のは宇田川さんと芳野さんとヨシ様ですかね・・・(うーん・・・)
自分でもよく不安になりますが。
バウントちゃん難しいヨ・・・

今回文章がいつもとちょっと違う感じになった?気がします
若干固いかなぁ・・・(いつも固いけど)



最後は花言葉を調べて頂ければ・・・
という感じですかね。

はぐれもの

芳野さんと真樹ちゃんの話。恋愛ではないです。 


サラサラと風に靡く、肩まで伸びた
艶(あで)やかな紅栗色の髪の毛。
菫色に紅が射す切長の瞳は、何故か
絶えず愁いと慈愛、相反する物を抱えていた。
険しい顔をしている事が多い彼女が
時折観せる、光射さぬ所に
光を見つけようとする物柔らかな表情が、
未だ紗がかからず、私の脳裏に
鮮明に焼き付いているあの方が観せる表情と、
重なる瞬間があった。

裏切者の死神と、裏切者のバウント。

そういう所で・・・いや、
"そうでは無い説明が付かない所"で。

はぐれ者同士、気が合ったのかも知れない。


『はぐれもの』


街中から外れた場所にある、
人では無い者数人が住むには
広すぎる紅茶色の館。建設から何百年も
経っているというのに、その外観は全く
古びれず美しい。まるで、館だけ時の流れから取り残されてしまった様な
そんな寂しさと、不気味さを兼ね備えていた。

庭園はいつも綺麗に手入れされていて、
季節により、紅や白の薔薇、青や紫や白の
紫陽花等が咲き誇る。今は紫陽花が
その大輪の花に、雨露という化粧を施し
華麗に咲いていた。

死神、"一之瀬 真樹"は今日も館全体を見回り、
日課である庭園の手入れをいてした。


深海の様に澄んだ藍色の髪と
胡桃色の瞳を持つ彼は、
バウントの長である狩矢以外とは
誰とも関わりを持たない。
いつも無表情で、数百年に渡る長い年月の中、
ただ一度の微笑みすら見せた事がなかった。

咲き終えた紫陽花の花を剪定していると、
後ろから声を掛けられた。

『ニャー』
「・・・君か」

一旦植え込みに鋏を置き、声の方に振り向く。

そこには、漆黒の美しい毛並み。
その漆黒には珍しい、
濃いサファイア色の瞳を持つ"彼女"が居た。
その虹彩に紅が射すと、サファイアは
菫色に変わる。梅雨という季節柄、
あまり観れない色であったが、一之瀬は
ただ何となく、その菫色が好きだった。

館近くの雑木林に住む彼女は、
野良だというのに飼猫の様に美しく、顔が整っている。
この1ヶ月前から週1日の割合で、
この場所に姿を見せた。現れる時間は決まって夕方で。
そしてー、彼女が現れる日は決まって雨が降る。

一之瀬は立ったまま彼女を見つめた。
彼女もただ黙って座り、一之瀬を見つめている。

普通、猫という動物は人間に近寄らない。
野生だったらそれは尚更だ。人間に対して眼光鋭く睨み、唸るか、
駆足でその場を離れて行く。
彼女はそういう事を一切しなかった。
そして一之瀬も、この距離感を尊重し、
自ら声をかけたり、近付いたりしない。

しゃがみ込み、優しい声で「おいで」と
言ったら来るかも知れない。黒いから、
在り来たりな「クロ」という名をつけたら
情が湧くかも知れない。
でも一之瀬はそれをしなかった。

「しなかった」、という言い方より
「したくなかった」という言い方の方が
半分正しいのかも知れない。
情なんて、湧かない方が良いに決まっている。
湧かなければ、失った所で何も感じない。
大切なものを失う、心の中が始終冷たく苦しい思いをするのはもう沢山だ。

干渉しない、この距離感が心地良い。

ポツポツと小雨が降り始める。
一之瀬はフードを深く被り、彼女に告げた。

「風邪を引くよ、御帰り」

彼女は若干微笑んだ表情を観せ、夕闇に姿を消す。
ー狩矢様に出会ってからというもの、
雨にあたる事が多くなった気がする。
記憶に残る日は、いつも決まって雨だった。

小雨に濡れ、更に美しくなった紫陽花と
更に深い紅茶色になった館を暫し見つめ、
一之瀬は館に戻った。




栗皮色の床とテーブル。その栗皮を更に
濃くした豪華な暖炉。床に引かれた紫苑色の絨毯が、
白縹(しろはなだ)と紺碧の縞模様の椅子を引き立てた。
バウント達に召集がかかった際に使用される、人間にとっては居間の様な大部屋。
独立独歩の彼等は普段、皆自室に居る。

一之瀬にも自室はあった。

だがこの部屋でしか聴こえない、
暖炉の火の音と雨音。電気を全て消し、
辛うじて本が読める程度のランプの灯。
"この部屋でしか味わえないこの雰囲気"が、
彼に一番の安らぎを与える為、この部屋を好んで使用していた。

少し濡れ、冷えた身体をタオルで拭い、
一之瀬は本の世界に入り込む。
敬愛する主人に尽くすという事以外で、
唯一彼が好んでする事と言えば、読書だった。
本の世界に入り込む事で、
不意に湧く哀しみや喪失を忘れ去る事が出来るから。

「ねぇ、何の本読んでるの?」
「!」

あまりにも本の世界に没頭し過ぎていて、
人の気配に気づかなかった。少し驚いた表情で、声の方に降り向く。
そこには紅栗色の髪と
菫色の瞳を持つ狩矢神の恋人ー、
"相馬芳野"が立っていた。

バウントの中でも、"狩矢の恋人"という特別な位置にいる彼女。
あまり関わった経験は無いが、一之瀬は一目置いている。狩矢からも
芳野の事は丁重に扱えと命じられていた。
狩矢以外のバウントには尊敬語や敬語を使わない一之瀬だったが、芳野には違った。


「・・・少し前に流行った、現代文です」
「どんな内容なの?」

彼女はツカツカと此方に向かい、一之瀬の右隣に腰掛ける。
そういえば、彼女とこういう会話をした事は、今日が初めてかも知れない。
狩矢に対しての言葉遣いとはまた違った、ぎこちのない言葉遣い。
芳野は穏やかな表情で一之瀬を見つめ、本のカバーに目をやった。
右横からはふんわりと、女性が好みそうな百合の香りが香る。

「・・・毒に、溺れてく?」

「・・・かれこれ20年位昔の作品です。
自分の大切な人を失った主人公の青年が、
自暴自棄になり、様々な毒ー・・・、に
溺れて行く話・・・。そういった内容でしょうか・・・」

20年前の作品の割には、綺麗なままに保たれた
濃い紫苑色のハードカバー。
紅ワインの入ったグラスと
白文字の「毒に溺れてく」という題名が
黒い薔薇の模様と共に描かれていた。

この物語に救いは無かった。
一瞬だけ観えたと思った希望も、儚く千々に
消えて行く。全体的に儚さと愁いに満ちている。
読む度にその儚さが、一之瀬の心の琴線に"触れる"。
その"触れ"を体感したいから、
何回もこの本を読み返していた。
一般的に人に勧めづらい部類に入る、
作者名も題名も知られていない、
知名度の低い作品だった。

「面白そうね。・・・ねぇ、良かったら今度貸してくれないかしら?」
「は・・・?」

「貴方の読むジャンルとは違うけど・・・。
私も本読むの、好きなの。そして、この部屋で
読書できたら・・・雰囲気的に良いだろうなって、
前から思ってたわ。
・・・良かったら、御互いが好きな本、
貸し借りしない?」

今迄一度も、この本に興味を持たれた事も、
他人と本の貸し借りをした事も無かった。

「どうかしら?」

物柔らかに彼女が微笑む表情・・・
ーあぁ、また。あの方と重なる。

「・・・貴女が良いのなら」
「じゃあ決まりね。また明日、御邪魔するわ」

そう言うと彼女は、ゆっくりと腰を上げ部屋を去った。
部屋の中にはポツポツと雨音だけが響く。
普段は「心地の良い雨音」だったが、
今日だけは「少し寂しい雨音」に聴こえる。

記憶に残る日は、いつも雨。

彼女はどの様な本を持ってくるのだろうか。
ボンヤリと考えながら、一之瀬は再び本の世界に戻った。



夜になり、約束通り彼女はやって来た。

「ー多分、貴方が読むものとは正反対かな」

差し出して来た本は、桜色の表紙に白く
垂耳の犬の横顔のシルエットが描かれた文庫本だった。
犬の首元には筆記体で黒く「lucky」と書かれている。
一之瀬も何作品かは読んだ事がある、有名女性作家の著書だった。
女性らしく柔らかく、儚く繊細な文体。
彼女の作品では重いテーマがよく扱われるが、
その文体の御陰かあまり気持ちが陰鬱にならずに済んだ。

「この作家さん、好きなんだ。何でと問われると・・・返答に困るけどね」

彼女はクスリと笑いながら本を交換した。
ハードカバーの重さと硬さに慣れ親しんでいる一之瀬にとって、
文庫本の軽く柔らかい感覚は久しぶりだった。
一之瀬は昨晩のうちに読み終えた「毒に溺れてく」を渡す。
芳野は一之瀬の右隣に腰掛けると、
「あと、コレ」と言い水色の栞を差し出して来た。
もう片方の芳野の手には桜色の栞が握られている。

「読み終えたら、御互い気に入ったシーンに栞を挟んで返しましょう。
感想を言い合うのも好きだけど。貴方の好きなシーンが知りたいの」

「・・・承知致しました」

急な申し出に一瞬戸惑ったが、一之瀬は栞を受け取り、テーブルに置いた。
何故ここまで自分が興味を持たれるのか、よく分からない。
当の昔に人間を捨てたバウントの中でも、
唯一人間を捨て切れていない、はぐれ者の彼女。
他のバウントと軽く会話を交わす事はあっても、
瞳に映っている"ただ1人"意外に、興味を示す事は無かったのに。

「ー似てるから」

聞こえるか聞こえないか位の声で呟くと、
彼女は本の世界に入っていった。
借りた本を自室に持って行くものだと思い込んでいた一之瀬は、
暫し隣を見つめ、
自分もまた本の世界に入り込んでいった。

一之瀬の読み物は性格通り硬く、
芳野の読み物は柔らかかった。

女性作家の飼犬で、世界一賢い犬種である筈のボーダーコリー『ラッキー』が
叱られても叱られても、日々懲りずに起こす大騒動と、
その家族の様子が面白可笑しく
書かれたエッセイだった。

誤飲誤食は日常茶飯事。公園に連れて行ったら椿の花を食べ尽くし、花壇を壊滅させたり。
散歩中に他の犬を見つけたら、全速力でその方へ向かい飼主をあちこち引き摺り回したり。
ドッグトレーナーを一年以上つけたが、サッパリその効果は無かったらしい。飼主にいつも
「ラッキーなのに、アンラッキーばかり起こして」と叱られても、笑ってケロケロと尻尾を振っている。
賢くは無いが感情表現豊かなラッキーを、「当たりの犬だ」と言って家族は愛情を注いでいた。
最終ページには老衰で眠る様に息を引き取ったラッキーに、家族が思い出を告げた日の事が
書かれていた。

全200P位だったが、読みやすい文章と
グイグイと引き込まれる内容であっという間に読み終えてしまった。
隣に目をやると、まだ彼女は半分も読み終えていなかった。
深く視線を落とし、ゆっくりと、
反芻する様に読み込んでいる。
・・・気に召す内容だっただろうか?
そんな事を考えながらパラパラとページを捲り、
一之瀬は水色の栞を持つ。
その様子に気付いた芳野は、一旦本を捲る手を止め言った。

「・・・多分、カッターの替刃を食べた話、
74ページ目。気に入ったんじゃないの?」

「・・・どうして、分かったのですか・・・」

完全なる図星に一之瀬は栞を持ったまま
暫く固まった。その様子を見て芳野は、
面白い物を観た、とクスクスと笑った。

エピソードの内容はこうだった。

ある日、飼主が落としたカッターの替刃を
ラッキーはバリバリと噛み砕いて食べてしまう。
当の本人はいつも通りケロケロと笑っているが、作家と夫と娘、
家族全員が顔面蒼白になり、急いで動物病院に連れて行った。
吐き出せなかったら開腹手術という旨が告げられ、幸い大事には至らなかった。
催吐剤を混ぜた、普段より数倍高価で
美味しい餌の味を覚えてしまい、ラッキーは
動物病院に行く事が愉しみになってしまった。
家族で一番ラッキーの世話をしている娘が、
「ばかー!ラッキーのばかー!!」と大泣きしながら
ラッキーを抱きしめるという最後で終わる。そのページが74ページだった。

「私もそこ好きだから」

答えは至って単純だった。一之瀬はそっと74ページに栞を挟み、
「・・・面白かったです。ありがとうございました」と告げ、芳野に返した。
彼女も途中迄の感想を一之瀬に告げる。

「・・・文体的にちょっと読むのに時間がかかるけど・・・。
綺麗で儚い御話ね。私も好きだわ。・・・御免なさい。来週位まで貸してくれないかしら?
一週間後の金曜日、また私も本持ってくるから、それ迄」

「ー、承知致しました」


この日から、毎週金曜日の夜。
私と彼女との本の貸し借りが始まった。
互いに椅子に座り、ただ静かに本を読み、
読了後には一言感想を添え、栞を挟む。
たまに違う時もあったが、不思議と互いが
気にいるシーンは同じだった。

ポツポツと、心地の良い雨音だけが
聴こえる静寂。

返ってきた「毒に溺れてく」に
桜色の栞が挟まれていたシーンは、一之瀬が
一番気に入っているシーンと同じだった。



芳野との約束の時間迄に、
紫陽花を剪定していた一之瀬は
また背後から声をかけられた。


『ニャー』
「君か」

彼女が来る日も自然と金曜日、
そしていつも雨が降る。

鋏を置き振り向くと、いつもは独りの彼女に
もう1人。彼女にソックリな顔立ちをし、
漆黒の毛と、雨空の様な美しい灰色の瞳を待つ
小さな子猫が横に居た。

『・・・ミャー・・・』

小さく細い声で鳴くと、子猫と彼女は
一之瀬に少しだけ近づいた。

「・・・そうか。君は母親だったのか」
『ニャー』

彼女は一之瀬の言葉に嬉しそうに微笑むと、
愛おしそうに子猫を見つめた。
ポツポツと雨が降ってきた。
少しばかり今日は雨足が早い。

「・・・風邪を引くよ。
2人とも、早く御帰り」

母が駆けると子はその後を追った。
雨の音が大きくなる。
今日は少し濡れてしまった、そう思いながら
一之瀬も足早に館に戻った。


今日の彼女はいつもと様子が違った。
隣からは普段とは違った香水の香りがし、
心無しかいつもより表情豊か。
時折目を伏せては、何かを思い出し
今迄に見せた事がない幸福に満ちた顔をしていた。

パラパラと本が捲れる音と、
小雨だけが聴こえる静寂。

「・・・幸せっていつまで続くんでしょうね」

本に視線を落としたまま、
高くもなく低くもない声で彼女は呟く。

今思えば気の利いた返答を返していれば
良かったかもしれない。
ただその時の私には、
その答えが見つからなかった。





『ギャアアアァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

あくる日の朝、一之瀬が庭園の見回りをしていると、
耳をつんざく程の叫び声が聞こえた。
「(この声は・・・。)」
庭園の少し外。声の方に向かう。
そこには嬲り殺され地面に横たわったままの
子猫と、それを未だ必死に護ろうとする黒の母猫、
その母猫の3倍はあろうかという大きさの、
口の周りが紅くなっている白い雄猫が居た。

憎悪の瞳で白猫を睨み、
フーフーと威嚇をし続ける傷だらけの母猫を、
雄猫はニヤニヤと嗤いながら、
舌についた紅を舐めとる。

胸の奥に深く刻みつけられた、あの日が蘇る。
正義ある心より、正義なき心が力を持っている、あの日の・・・。

一之瀬が硬く唇を噛み締めた瞬間、
『ギャア』という絶叫が聞こえた。
彼女は僅かな隙をつき、雄猫の右目を力強く引っ掻いたのだ。
痛みと出血に耐えかね、その場を走り去る白猫。
黒猫は暫し亡骸を見つめ、その亡骸を人気の無い場所に持ち去った。


ザァザァと大雨が降る。
ここ最近では一番の雨量だった。
いつもは時間通りに来る彼女だったが、
今日は30分遅れてやってきた。

「・・・遅れて御免なさい」
「・・・いえ・・・」

大雨に打たれたのか、少し髪と衣服が濡れている。
一之瀬が気を利かせてタオルを差し出すと、
芳野は「大丈夫・・・」とそれを拒み、
暫し空を見つめていた。

ハァハァと息切れをしながら、その息切れを隠すかの様に彼女は口元に手を当てる。
一之瀬はいつも通りに淡々と本を読み進めていたが、芳野は一向に手が進まなかった。

「(・・・霊圧がいつもより高い。そして、
この匂いは・・・)」

あぁ・・・。多分、彼女は・・・。
死神である自分には、
分かりたく無い事が分かってしまう。
素知らぬフリをし、一之瀬は声をかけた。

「風邪・・・、ですか」
「・・・風邪、なら良いけどね・・・。
ふふ・・・。多分、私、もうすぐ死ぬわ」




一之瀬はフードを目深に被りながら、
剪定をしていた。先程まで小雨だった雨が
あっという間にザブザブと音を立てる程の大雨になった。
いつも通りに後ろを振り向いてみる。彼女は来なかった。


「・・・もう、あんまり来れなくなっちゃうと思う・・・。御免なさい」

芳野が一之瀬にそう告げてからと言うもの、
彼女はめっきり訪ねて来なくなってしまった。
あの時の表情は今でも鮮明に覚えている。
酷く思いつめ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
・・・何となく、状況は分かっていた。
彼女は勝目の無い賭けをしている。
喋らなくとも、人が居るのと居ないのとでは
部屋の静けさが違う。ふと隣に目をやりながら、一之瀬は深く本の世界に身を落としていった。



彼女がこの部屋に来なくなって
2ヶ月が過ぎた。

この日は酷い雷雨だった。
何もかもが掻き消される様な、
激しい轟音が響く。

・・・結局、返しそびれてしまった。

最後に借りた本に目をやった。
彼女にしては珍しい、ハードカバーの本。
もう何十年も昔の本だったが、
今も当時のままの綺麗な状態だった。
水色の表紙には「終わりなき日々」と書かれている。
彼女から借りた本の中で、
一番心に響き、気に入った本だった。

随分前に読了し、栞を挟んだ本だったが
一之瀬はまた最初から、物語を読み返す。
・・・この本も、彼女の気に入ったシーンと
自分の気に入ったシーンは、
同じだったのだろうか。

『バンッ!』と大きな雷鳴と共にドアが開く。
驚いてドアの方に振り向くと、そこには。
「光射さぬ所に光を見つけようとする
物柔らかな表情をした彼女」が居た。

「遅くなってごめんなさい。
本、返しに来たわ」

もう会える事は無いと思っていた。

突然の再会に驚き固まる一之瀬に、
芳野はいつもの様に本を返却し、
またいつもの様に隣席に座る。

「今迄借りた本の中で、 一番好きな本だった」
そう感想を述べると、彼女は俯いた。
普段は凛とし、人前で弱味を見せない人間だったが、
この時ばかりは体全体が小刻みに震えていた。

「・・・フフッ・・・。笑っちゃうわよね・・・。
いざこういう状況になると、
怖くなるなんて・・・」

・・・一之瀬の心の中に、少しでも、
敵に対する情があったなら。
彼は、何か"優しい嘘"をついたかも
知れない。でもそんな事は出来なかった。

彼女はもう、裏切者なんだから。

「・・・貴女は敵だ」
「・・・わかってる・・・。」

芳野は震える肩を抱き、今にも消え入りそうな声で力なく呟く。
一之瀬を見つめた瞳は、
潤んだ菫色だった。

「・・・真樹・・・ー。
・・・何でも無い・・・。」



「さよなら」


今にも泣きそうな、
笑いそうな表情で微笑んで。彼女は部屋を後にした。
ザブザブと、雷雨の音だけが鳴り響く。


紫陽花の季節も終わりを迎え様としていた。
いま蕾の紫陽花がきっと最後の花だろう、
一之瀬は色とりどりの蕾を見つめた。

『・・・ニャー・・・』
「・・・君か」


久しぶりの声に振り向くと、そこには
身体中に痛々しい傷がついた彼女が居た。
座っているのもやっとの状態なのだろう。
フラフラと、その体勢は今にも崩れそうだった。

「・・・君も、行くのか」
『・・・ニャー・・・』

「・・・あの白猫に、君は到底敵わない。
勝目の無い闘いだ。護るべき子も居ない今ー、行くべきでは無い。
・・・それでも、行くんだね」

力なく微笑みながらニャーと鳴き、
彼女は一之瀬の足元に顔を擦り付けた。
痛みきった小さな身体は、小刻みに震えていた。
一之瀬はそっとしゃがみ混み、そっと彼女の首に触れた。
喉元を撫でると彼女は気持ち良さそうに目を細め、喉を鳴らす。

「悔いが無い様、行っておいで」
『・・・ニャーン・・・』

桜色の舌でその手を舐めると、
彼女は笑って駆けて行く。
ーその瞳は、サファイアの光彩に紅が射した、
一之瀬が好きな色だった。

本棚を整理していると、この間まで彼女の元にあった著書が目に止まる。
「毒に溺れていく」の後日談が載った短編集。
あの日以来、この本には触れていない。
皮肉にも、一之瀬が一番気に入っている著書だった。

パラパラとページを捲り、
桜色の栞が挟まっているページに手が止まる。
・・・今回も趣向が合っていた。

そっと栞を抜き取ると、
その裏面には女性らしく綺麗な黒文字で、
こう書かれていた。


『今迄ありがとう。
貴方の事、大好きでした』






蕾だった紫陽花は全て開花した。
今年一番美しい、最後の花。
色とりどりの紫陽花が咲き誇り、
美しい館が一層と輝く。

一之瀬は館の見回りをしていた。
庭園の外に出ると、
其処には彼女の亡骸が横たわっていた。
・・・随分と長い間、死闘を繰り広げたのだろう。
身体中に深い傷が増えていた。

「・・・最後まで闘ったんだね」

暫し彼女を見つめ、一之瀬は庭園に戻った。
咲き誇った中でも一番美しい、
青と白の紫陽花を鋏で切り取り、
再び彼女の元へ戻る。

その顔は、笑っている様な、
とても安らかな表情をしていた。

紫陽花を供えると、
一之瀬は手を合わせ、暫し目を閉じる。
黙祷後、そっと瞳を開け一之瀬は告げた。



「またいつか、出逢える日まで」
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